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高松地方裁判所 昭和30年(ヨ)15号 判決

申請人 橘実栄

被申請人 四国電力株式会社

主文

被申請人が昭和二九年一二月一三日附を以つて申請人に対してなした懲戒解雇の意思表示の効力を停止する。

申請費用は被申請人の負担とする。

(注、無保証)

事実

申請代理人は、主文第一項同旨の判決を求め、その申請の理由及び被申請人の主張事実に対する答弁として、次のように述べた。

(一)  被申請人は高松市七番丁五六番地の一に本店をおいて電力供給に関する事業を営んでいる株式会社(以下会社とも略称する)であり、申請人はその従業員であるとともに電気産業に従事する労働者をもつて組織されている日本電気産業労働組合(以下電産とも略称する)四国地方本部(以下四国地本とも略称する)の執行委員兼愛媛県支部委員長兼新居浜分会執行委員長として組合業務に専従していたものであるが、会社は昭和二九年五月八日申請人が別紙第一の掲示文を掲示したとの理由で懲戒委員会を開き、同委員会は継続して同年一二月九日右の事実に併せ別紙第二の所謂「誹謗暴言」に関する事項について審議し、以上の事実は会社就業規則第八八条第二号、会社の諸規定及び上長の指示命令に違反した時、第三号、会社の体面をけがした時第五号その他特に不都合な行為のあつた時に該当するとして同年一二月一三日附をもつて申請人を懲戒解雇に付した。

(二)  然しながら、右懲戒解雇は以下述べる理由により、会社就業規則に違反してなされた無効の意思表示である。即ち、

(イ)  申請人が別紙記載第一の掲示文を掲示したことは争わないが、それはみな事実に基くものであつて、そのいきさつは(昭和二九年三月一日附掲示文を除く)、従来から会社の松山支店に於ける人事について、従業員の間で伊予鉄閥の存在についてとかく批判されて居り、殊に昭和二九年の定期異動は、後記(四)の如きいきさつで電産四国地本からの脱退者によつて組織された四国電力労働組合(以下電労とも略称する)の結成後最初のものであつたから、申請人は電産愛媛支部委員長としてその成行につき多大の関心を払つていたところ、偶々元電産愛媛県支部委員長をしていた岩本務から昭和二九年三月三日附掲示文の第二、三項にあるような具体的事実の情報を得たので、従業員の意識を昂揚させて明朗な人事による職場の明朗化を図り、もつて労働者の労働条件を改善する目的で前後二回にわたり電産愛媛県支部の掲示板に掲示したもので、会社の主張するような意図で掲示したものでない。仮りに右掲示文の内容の中に真実と相違する点があつたとしても申請人において、勤続年数も長く元電産愛媛県支部委員長の職にあつた右岩本の情報を信じたのは当然であつて、この事から申請人の組合活動が不当となるものでない。申請人は右のうち昭和二九年三月三日付掲示文について会社の松山支店長から始末書の提出を求められて拒絶したことは事実であるが、前述の如く正当な組合活動である以上右の拒絶は当然であつて何等責められるべき事柄でない。

(ロ)  次に別紙記載第二の所謂誹謗暴言については、申請人の正当な組合活動に附随する発言をとらえてその趣旨態様を曲解したり、或は被申請会社の一方的創作に過ぎないものである。即ち、

(1)  昭和二九年三月一日の暴言及び同日付掲示文

申請人は、後述の如く電労結成にあたつて被申請人のとつた行動が不当労働行為に該当するとして、愛媛県地方労働委員会(以下愛媛地労委とも略称する)に救済の申立をなしたが、その事件につき、申請人が会社の三島営業所における期末手当配分率の表を証拠として提出したところ、電産組合員である長野某から右営業所給与係の平野昭慶が電産役員に期末手当の支給額を洩らしたとの理由で始末書をとられ、その際右営業所長星加卓一から暗に電労加入を慫慂されたとの連絡を受けた。従来組合役員が期末手当の支給額を支給後見せて貰うのは通例のことで、格別問題となつたことがなかつたので、申請人は会社の意図を問いただそうと松山支店河瀬労務課長に交渉に行き、その際右課長に、会社の平野に対する右処置及びその頃会社が勝手に電産の掲示板を撤去したことがあるので、それらについて抗議を申入れ、併せて会社の労務政策を批判し、それに関連して右課長の手腕力倆に言及したことは事実であるが、その際会社が主張するようなどぎつい表現はしていないし、大声をあげ又はどなつたとかいうことはなかつた。組合役員が会社の労務政策や労務担当者の手腕力倆を批判することは組合に許された言論の自由の枠内の事柄である。又山口次長云々の発言は申請人の記憶にないところである。なお右交渉において、申請人は遂に要領を得た回答に接しなかつたうえ、先に電産組合員である三好義久から同人が前記星加所長から前記不当労働行為救済申立事件の提訴を難詰され、その取下を要求されたとの話も聞いており、今右平野問題が起つたので、会社は電産残留者に圧力をかけて電労に加入させることによつて、右申立事件の電産側証人となるべき者を減少させ、できることなら電産組合員を皆無にして事件そのものを消滅させようと企図しているものと考えて掲示文を掲げたものであつて、右掲示は電産愛媛県支部委員長たる申請人としては当然の情報宣伝活動であつて、全く正当な組合活動に外ならない。

(2)  昭和二九年六月四日及び同月五日の暴言

申請人が会社主張の日時場所で、鈴木総務部長及び星加三島営業所長に対して夫々岩本四郎の言動に関して話したことは事実であるが、組合委員長である申請人が同月三日組合員である妻鳥良枝から泣いて訴えられた職場の不満をたまたま見かけた会社の労務に関する最高責任者である右鈴木部長及び岩本の直接の上司である星加所長に聞いたとおりを伝えて注意方を要望し、もつて職場の不明朗さを一掃し、特に女子職員の地位の向上を図らうとした組合活動であつて、その際会社の主張するような言葉遣は断じて用いていない。「強姦した」云々に至つては故意か思い違いか知らないが申請人の発言を枉げるも甚しい。まして両日とも同席者はごく少数の会社関係者だけであつたから申請人が岩本の名誉を毀損したということはできない。

(3)  昭和二九年六月一九日の暴言

申請人が同日午前九時ごろ、電産と会社との労働協約締結に関する団体交渉の経過について、松山支店のマイクを借用して放送しようと庶務課からマイク使用の許可を得たところ、浮穴労務係長から放送を差止められた、そこで松山支店次長に交渉したが、あくまで放送を拒否されたので、先ず労務を直接担当している労務課に考え直して貰おうと思つて、同日午前一一時過ぎ、同課に行つたところ、課長係長が不在であつたから、労務係員に対して会社の労務政策を批判し、電産愛媛県支部委員長としての決意を披瀝したのである。この時は執務時間中であつたが発言は五・六分に過ぎない。この時の発言中で、申請人を懲戒委員会にかけたことに言及し、併せて申請人の決意を披瀝し、更に東京で山口次長と飮酒した際、同次長が申請人に対して第二組合結成を慫慂した事実を指摘し、これに関連して同夜山口次長が鞄を忘れたことを話したのは事実であるが、その表現は会社主張の第二、第四項とは異る。その他の会社主張のような発言はしなかつた。しかし、仮りに会社主張のような第一項の発言をしたとしても、会社の労務政策の批判に関連し労務担当者の手腕力倆を批判したもので、組合に許された言論の枠内である。又仮りに第三項の発言をしたとしても、会社が電産の掲示を写真に撮つたり、筆写していたことは事実であるし、正しい目的のためなした掲示の内容が若干真実と相違する点があつたとしても、組合として真実であると考えざるを得ない特別の事情がある場合には組合活動としての正当性を失うものでないから、要するに会社の労務政策の批判であつて、何ら咎むべきことではない。なお仮りに第五項の如き発言をしたとしても、この事実は従業員の間に喧伝されていた事実で、妾をもつことが格別人格的非難の理由にならないわが国の現状の下で、とりたてて不穏当な発言というに当らない。

(4)  昭和二八年七月一五日の暴言

当時申請人は電産新居浜分会執行委員長で、電労結成の動きが活溌に行われていたころであるが、その頃徳永新居浜電力事務所長の行動に関し聞知するところがあつたので、一度同所長と交渉しようと思つていたが、その機会を得られなかつた。偶々会社主張の日時に新居浜駅に行き会社の重松考査役と挨拶をかわしている右徳永所長をみかけたので、委員長の立場から同所長に対しておだやかに聞知した事実を指摘して、組合内部のことに介入しないよう要望したのである。この間大声を出したことも、どなつたこともなく、会社が主張するような言葉遣は用いていないし、まして「お前」などという言葉は使つていない。駅待合室で改札間際のことであるから、周囲に人がいたことは事実であるが、同所にいた人が殆んどその方に注意を向けたとか、立ち上つて取り巻いたとかいう会社の主張は誇張も甚しい。まして右発言の内容を周囲のものが了知できたとは到底考えられない状況のもとで、会社主張の「徳永所長の名誉を傷つけた」とか「会社が不当なことをしており、又社内の職制が全く無視されているかのような印象を与えた。」とかいうことは理解できない。またこのような場所で同所長を脅迫できる筈がないことは当然である。

以上の如く、申請人について就業規則所定の懲戒事由に該当する事実はないのであるから、会社の申請人に対する懲戒解雇は就業規則に違反してなされた無効なものと言わなければならない。

(三)  仮りに百歩譲つて会社の主張する事実のいずれかが懲戒事由に該当するとしても、懲戒解雇処分は労働者にとつてその死命を制する極めて重大なものであるから、使用者はその解雇権を行使するに当つては諸般の情状を慎重に検討して特に情状の重いものについて行使すべきは当然である。

ところで会社もまたその就業規則第九〇条において、「懲戒は次の五種とし、その行為の軽重に従つてこれを行う。」として(1)譴責、(2)減給(3)出勤停止(4)懲戒休職(4)懲戒解雇の五種を規定し、懲戒解雇が最も情状の重いものに対する処分であることを明かにしている。

しかるに本件にあつては申請人の行動により会社業務の運営を現実に阻害したとか、これを阻害する具体的な危険を生じさせたとかいうことは全然ない。又申請人は昭和二九年三月三日附の「今こそ不明朗な空気を一掃すべきときである。」と題する掲示文について正式に会社の懲戒委員会の議を経た、即ち就業規則所定の懲戒処分としてではなく、単に松山支店長から始末書の提出を要求されたことがあるだけで、その他の掲示文を掲示したことの故をもつて、その都度問題にされたことはないし、会社が昭和二九年五月八日別紙第一記載の掲示文を掲示したとの理由で申請人を懲戒委員会に付しながら、何等の結論をも出し得なかつた。それらの事実は会社自ら掲示文の掲示が懲戒解雇に値しないことを認めていたものというべきである。更に申請人の言動については、かつて問題とされたことも注意を受けたことも全然なく、昭和二八年七月一五日、昭和二九年三月一日の言動については、前記懲戒委員会開催に至るまで本店に報告されていないのである。

以上の如く会社はその業務運営につき格別影響がなく、且何等懲戒解雇に価しない掲示であり、又曽つて問題にしたり戒告をしたこともない過去の事実をもつて懲戒事由に該当する事実であるとし、申請人を一挙に絶対反省の機会を奪う懲戒解雇に付したもので、このことは到底就業規則を妥当に解釈適用したものとは言えず、本件懲戒解雇は結局就業規則違反として無効である。

(四)  更に本件懲戒解雇は以下述べる理由により申請人が正当な組合活動をなしたことを決定的な原因としてなされたものであるから、この点からしても無効である。

日本電気産業労働組合は会社の従業員が所属する唯一の労働組合であつたが、昭和二八年六月頃から電産四国地本管下において脱退者が相踵ぎ、遂に同年八月四日第二組合として電労が結成されるに至つた。

電産愛媛県支部管下の新居浜分会、今治分会、宇和島分会は直ちにこれに先立つて会社がなした反電産的言動や、電労結成前後に於ける会社の措置が不当労働行為を構成するものとして会社を相手方として愛媛地労委に救済の申立をなしたが、申請人は新居浜分会についてはその代表者として、他の二分会についてはその代理人としてこの不当労働行為事件につき余人をもつて代えがたい重要な組合活動をなし、これ以外に於いても申請人は或は電産新居浜分会執行委員長として、或は電産愛媛県支部委員長として情報宣伝活動を行い、会社の処置に抗議を申入れ、残り少い電産組合員の不満をとりあげて会社にその考慮を求めるなど、電産の組織防衞に努めて活溌に組合活動を展開していた。

本件懲戒解雇はかかる情勢下において、しかも前記申立事件が昭和三〇年一月一〇日会社側の証人尋問をもつて証拠調を終え、最終の陳述に入る予定になつている重要な段階においてなされたものである。しかもその懲戒解雇事由は(三)において述べたとおり、会社側においてすら懲戒に倆するとの自信を持ち得ないような事実乃至その都度格別問題にしなかつた過去の事実を収集して、一挙に最も重い懲戒解雇に処している。更に別紙記載第一の掲示文の掲示に関しては前に(二)(イ)に於いて述べた如く、正当な組合活動である。

右の諸事実を併せ考えると、本件解雇は電産愛媛県支部に潰滅的な打撃を与えようと企てた会社がその一環として正当な組合活動をした故をもつて、右支部の委員長たる申請人を差別待遇をしたものであつて、明かに労働組合法第七条違反の不当労働行為を構成するものといわなければならない。

(五)  以上の如く、本件解雇が無効であつて雇傭関係が存続するに拘わらず、それが終了したものと取扱われることは、一旦離職すると容易に就職しがたい今日にあつては、たとい申請人の如く給料相当額を電産から支給されているとしても、その生活関係を甚しく変更し、これに多大の不安焦燥を生ずることは明かであるうえ、右の電産から支給されている金員は専従者に対するものと異り組合の恒常的経費から支払われず、組合員から拠出された資金カンパ的性質の基金から支払われるものであるから、何時打切り又は減額されるもはかりがたく、且健康保険の適用から除外されているし、会社から貸与を受けている住宅も退職の日から三十日以内に返還しなければならないことになつているからたちまち住居の安定を失い、生活に重大な不安を感ずる。更に電産規約には、自己の意思に依らないで電気産業に従事しなくなつたものは、引続き組合にとどまることができる旨の規定があるが、解雇されたまま放置されるとすると、事実上これによる心理的圧迫も極めて大であり、これがため十分な組合活動ができないし、特に愛媛県支部にあつては中心的な人物を失い、ただでさえ少数組合員の右支部はその団結が弱体化する危険も多大である。

申請人は本件につき懲戒解雇無効確認の本案訴訟を提起すべく準備中であるが、その確定を待つていたのでは右の如き著しい損害を蒙ることは明かであるので、右本案確定に至るまで申請の趣旨掲記の如き仮の地位を定める判決を求めたく本申請に及ぶ次第である。(疎明省略)

被申請代理人は、「申請人の申請を却下する。」との判決を求め、答弁及その主張事実として次のとおり述べた。

(一)  申請人主張の事実のうち、(一)の事実及び(四)の事実中愛媛地労委に対し、申請人主張の如き申立がなされていた点はいずれも認めるが、その余の事実はすべて争う。

(二)  会社が申請人を懲戒解雇に付したのは、次のような理由に基くものである。

(イ)  申請人は別紙第一(昭和二九年三月一日附掲示文を除く)の掲示文を掲げて、従業員の最大関心事である人事異動に関し、煽動的言辞を用い、事実に反し人心を惑乱させる事項を宣伝し、以つて虚偽の風説を流布し会社業務の運営を妨害しようとしたものである。即ち、

(1)  申請人は昭和二九年三月三日別紙第一の(1)の如く、「今こそ不明朗な空気を一掃すべき秋である」と題する文書を掲示し、会社内において一部の者のグループが人事に関して会合したことはなく、又一課長が人事を私物視している事実も会社内の空気がモヤモヤしている事実もないに拘らず、恰もあるように記載して会社の人事が一部の者の利益に行われているかのよう宣伝し、

(2)  ついで右掲示につき会社側がたしなめたにもかかわらず、申請人はこれを無視し同月一八日再び別紙第一(3)記載の如く「定期異動近し」と題する文書を掲示し、会社が何等不明朗と非難されるような人事を行つていないのに拘らず、恰も行つているかのように痛烈な皮肉的文書によりそれを宣伝したものである。

申請人は右ビラの掲示及び後に述べる昭和二九年三月一日附(三月二日に掲示)の掲示はみな事実に基くものであつて、従業員の意識を昂揚させて明朗な人事による職場の明朗化を図り、もつて労働者の労働条件を改善する目的でなしたものか、或は組合の情報宣伝活動であつて、何れも正当な組合活動である旨述べている。しかし、当時松山支店事務所(松山営業所も含む)には申請人を除き、五名の電産組合員がいるに過ぎず、他の殆んどはその指導方針に不満をもつて電産を脱退した会社従業員によつて組織された電労の組合員である。そこで申請人が所謂情報宣伝と称して何等かの掲示をしたとすれば、その掲示を見る者は数的に言つて電労組合員であることは明白である。又情報宣伝活動というなら他の営業所に於いてもなすべきは当然であるのに松山支店だけに掲示したものである。これらの点からすれば本件の掲示は申請人において電労組合員を対象としてなしたことは疑問の余地のないところである。かかる行為は組合運営の考え方、これに基く指導方針の異る自主的な電労にとつては、その組合運営に関する妨害であつて電産の組織防衞のためのものでないことは勿論正当な組合活動でないことはいうまでもない。又申請人が電労の組合員を対象とするものである以上、自己組合員に対してなす場合よりも一そう掲示内容につき事実の確認を図るべきであるのに、最も悪質な前掲(1)の事実でさえ、単に第三者である岩本某の言を鵜呑にして掲示したものであつて、この点については殆んど故意に近い重大な過失であるというべきである。

(ロ)  次に申請人は別紙第二及び別紙第一の(2)記載の如く就業時間の職場又は社外における公衆の面前において、或は掲示等によつて会社及び会社幹部の個人的人格に対する誹謗暴言を吐き、公然その名誉を毀損し、或は侮辱を加え、ひいては会社の体面信用をけがすとともに、他面職場規律を犯したものである。

(1)  昭和二九年三月一日の暴言及び同日附掲示文について、

申請人は午前一一時三〇分頃執務時間中であるにもかかわらず百名余の従業員が執務している松山支店河瀬労務課長のところへ来て、室内在勤の労務課員全員に聞える音声をもつて別紙第二の(1)の如き言辞をはき、会社労務部次長、右課長及び星加三島営業所長の個人的人格を攻撃して同人らの名誉を傷つけ且会社業務を妨害した。山口次長が病気をしたことは事実であるが、その他のことは申請人の捏造であつてこれに該当する事実はない。

更に翌二日「会社は不当労働行為をもみ消さんとあらゆる圧力をかけている」と題する文書を掲示して会社が平野という従業員を圧迫して電労に加入させたかのような虚偽の宣伝をなした。

(2)  同年の六月四、五日の暴言について、

申請人は別紙第二(2)記載の如く四日午前一一時頃新居浜営業所応接室において、数名の社員のいる中で鈴木部長に向い、又翌日愛媛地労委事務局会議室において不当労働行為事件の審問の昼休中数名の同席者の面前において、星加所長に対し、いずれも全く虚偽の事実を述べて右新居浜営業所、営業係長岩本四郎及び同係員妻鳥良枝の名誉を著しく傷つけるとともに、会社の名誉を毀損した。

これに対して申請人は同席者が極く少数の会社関係者であるから、右の者の名誉は傷つけられないと述べているが、かかる主張が理由のないことは明白であるばかりでなく、会社としては苟しくもこのような事実をきいた以上、不問に付するわけにはいかず、当然調査せざるを得ないのであつて、その過程に於いてかかる事実が流布されることは疑ないところである。

(3)  同年六月一九日の暴言について、

申請人は午前一一時過ぎ、松山支店労務課において五、六分間にわたり、労務係員全員に聞える音声をもつて別紙第二(3)記載の如く虚偽の事実を公表して会社鈴木部長山口次長及び河瀬労務課長ならびに高知支店の戒田労務課長の名誉を傷つけ、更に会社のやり方が愚劣であるかのように宣伝して直接その体面を汚した。

これに対して申請人は会社からマイクの使用を拒否されたため、労務を直接担当している労務課に考えなおしてもらうため出掛けたところ、課長、係長が不在であつたので、労務係員に対し会社の労務政策を批判し、且電産愛媛県支部委員長としての決意を披瀝したと述べているが、たとえ五、六分にもせよ会社の執務時間中労務課に於て課長、係長の不在にも拘らず、課員に対して会社の労務政策を批判することは不当も甚しいことである。

しかも労務課の室にはその他に経理課、営業課、庶務課等もあつて、百名以上の従業員が執務しており、電産組合員は僅か一名のみである場所において、労務政策の批判どころか前述の如くきくにたえない職制及び会社幹部の人身攻撃と会社の誹謗に終始しているのである。

(4)  昭和二八年七月一五日の暴言について、

申請人は午後六時二五分頃、新居浜駅待合室入口近くで会社の重松考査役、次いで挨拶中の徳永新居浜電力事務所長に向い、挨拶もせず別紙第二(4)記載の如く大声でどなりつけたため、同所にいた人々は殆んどその方に注意し、中には立ち上つて取り巻く者もあつた。これにより申請人は右徳永所長の名誉を傷つけるとともにこれを脅迫し、更に会社外の多数の者に対して会社が不当なことをしており、又社内の職制が全く無視されているかのような印象を与え、会社の体面及び信用を著しく傷つけたのである。

(三)  以上の如き申請人の行動はそれ自体から見ていずれも悪質で看過し得ないもの許りであるのみならず、不穏文書の掲示については、前述の如き虚偽の事実を羅列して会社を誹謗し、他の組合の組合員に会社を誤解せしめるような宣伝をしたものであつて、労使間の関係を規制する「フェアプレー」の原則に反し、正当な組合活動ということができないことは勿論全く悪質な攪乱戦術というべきである。会社は右掲示につき注意を与え、且つこれが撤去を求め、同時に松山支店長は申請人に対して始末書の提出を求めたがこれを拒否し、毫もその非を省みず、相当期間に亘り反覆累行したものである。これ等の諸点からみて申請人の情状は特に重く、会社においてこれら掲示行為及び会社職制に対する誹謗暴言が就業規則第八八条の第二、三、五号に該当するものとしてなした本件懲戒解雇は全く妥当な処分と言わなければならない。

申請人は昭和二九年五月八日別紙第一記載の掲示行為につき、申請人を懲戒委員会に付しながら、何等の結論も出し得ず、同年一二月九日の懲戒委員会において、右五月の委員会開催以前の事実をも附加して懲戒解雇したのは、掲示文の掲示が懲戒解雇に値しないものであると会社自らが認めていたものである旨主張しているので、右二回の委員会開催の経緯を述べて見る。即ち、五月の懲戒委員会で、会社は申請人本人の事実説明を聴取した結果、再調査の必要が生じたので会社は慎重を期するため事実調査を命じた。この調査の対象は掲示文の内容については勿論、当日委員会の席上で松山支店長の発言により別紙第二(1)記載の事実が新たに判明したので、これらについて行つたものである。ところが、その調査の過程において別紙第二(2)及び(3)記載の事実が発生し、又別紙第二(4)記載の事実が判明した。この間会社は別紙第一及び第二の(1)記載の事実の認定資料を入念に入手することにつとめていたが、右の如き新事実の発生及び判明により、その資料入手に日時を要し、更にこれらの資料を整備し、それに基く事実認定について慎重を期し、最後に会社の認定についての法的裏付について研究を行い、なお専門家の意見をも聞いたうえで一二月懲戒委員会開催のはこびとなつたものであつて申請人の主張は見当違いも甚しい。

(四) 申請人は本件懲戒解雇は労働組合法第七条違反の不当労働行為である旨主張しているが、本件解雇は右に述べた経緯により上叙申請人の就業規則違反の行為に因つてなされた正当なものであつて、組合を弾圧したり申請人を差別待遇するためになしたものでない。尤も本件解雇が確定すれば電産愛媛県支部は支部委員長及び新居浜分会執行委員長を失うことになるかも知れないが、申請人に代る新委員長が当然選ばれるであろうから、組合活動に全面的支障を生ずるとは考えられない。殊に電産規約によれば申請人は引続き組合員としてとどまることができ、組合活動ができるから、本件解雇が組合弾圧のためであるということはできない。申請人はその愛媛地労委に対する申立と本件とを結びつけようとしているが、申請人は本件解雇後も依然として代表者又は代理人として右事件に出頭しているから、本件が右事件に影響を与えたとは考えられない。

(五) なお申請人は種々の理由を挙げて仮処分の必要性を述べているが、その主張する電産規約の規定により組合員としての地位を失うことがないのであるから従来通り一切の組合活動をなし得ることは言うまでもなく、又電産の保障規定がなくならない限り、右規定に基き申請人が会社から支給される給与相当額及び一切の法廷闘争費が保障されているのであるから、この点から見ても本件仮処分の必要性は毫もない。尤も申請人は社宅及び健康保険について云々しているが、現在会社は申請人に対し、仮処分による阻止を必要とする程強硬に明渡を要求していないし、申請人もそう簡単に立ち退きそうにも思えない。勿論会社は申請人に対し住宅規定の遵守を求めることに変りはないが、会社は申請人が本件仮処分を必要とする程強力迅速な明渡手段を有していない。又健康保険について言えば、申請人は今日申請人が電産から受けている補償額に達しない収入の者で、健康保険の恩典に浴しないものが多数いる点を想起しなければならない。

右の如く本件についてはその必要性がないから本件はこの点からしても却下されるべきである。(疎明省略)

理由

(一)  被申請人は高松市七番町五六番地の一に本店をおいて、電力供給に関する事業を営んでいる株式会社であり、申請人はその従業員であるとともに、電気産業に従事する労働者をもつて組織されている日本電気産業労働組合四国地方本部の執行委員兼愛媛県支部委員長兼、新居浜分会執行委員長として、組合業務に専従していたものであるが、会社は昭和二九年五月八日申請人が別紙第一記載の掲示文を掲示したとの理由で懲戒委員会を開き、同委員会は継続して同年一二月九日、右事実に併わせ、別紙第二記載の所謂「誹謗暴言」に関する事項についても審議した結果、以上の事実はいずれも、会社就業規則第八八条第二号「会社の諸規定及び上司の指示命令に違反した時」第三号「会社の体面を涜した時」第五号「その他特に不都合な行為のあつた時」に該当するとして、同年一二月一三日申請人を懲戒解雇に附したことは当事者間に争いがない。

(二)  そこで会社主張の如き事実があつたか否か、又あつたとしたならばその事実が会社就業規則所定の懲戒事由に該当するか否かにつき、以下審按する。

(1)  申請人が昭和二九年三月三日及び同一八日別紙第一(1)及び(3)記載の如き掲示文を掲示したことは当事者間に争がなく、成立に争のない甲第七号証に証人津川喜睦、同永井玲子、同菅正三郎(第二回)、同河瀬一義、同名越明香、同青木善秋、同浮穴三郎の各証言及び申請人本人尋問の結果を綜合すれば、会社松山支店に於いては、従来から所謂「伊予鉄」閥なる派閥が存在し、それが人事問題に暗影を投げかけている噂が一般に行われて居たので、従来から電産としても、組合員の啓蒙を図るとともに、人事異動に際しては会社と団体交渉を重ねて来たところ、昭和二九年三月初めころ、申請人は曽つて電産愛媛県支部委員長等をして居た岩本務から、同年四月の定期異動をめぐつて、上司から私的な会合に呼ばれる社員があるため、その会合に呼ばれない社員が不安を感じている旨の戦場の空気についての情報を得、又申請人自身も某課長が酒席で「私の部下で私のいうことを聞かない者はためにならない。」などど、冗談にしても会社人事を私物視するような言を聞いたことがあるうえ、会社の業務命令(転任)を拒否したため懲戒委員会にかけられ、結局依願退職した渡辺友春から、自分の技術を活かして適性配置をしてくれないから業務命令を拒否した旨の話を聞いたことがあるので、これらの事項について右岩本と協議した結果、別紙第一(1)記載の掲示文を電産専用の掲示板に掲げたものであること、これに対して同日会社側は右掲示文の内容が不穏当であるとしてその撤去方を要求したが申請人はこれを拒否し、ついで同年四月下旬会社側から前後三回にわたり始末書の提出を要求されたが、これに応じなかつたこと、右掲示当日、右掲示文中「係長グループ云々」の記事につき、松山支店事務所(松山営業所も含む)の係長が協議し、電労として抗議すべきであるとの結論に達し、翌日電労において執行委員会を開き、その結果松山支部執行委員長名義で電産のデマ宣伝に踊らされるなとの趣旨の声明を発したこと、定期異動は正式には四月に発令されるが非公式の内示は三月中に行われるので申請人はその内示が行われているであろうころを選んで、別紙第一(3)記載の如き掲示文を前述の掲示板に掲げたものであることが疏明される。

会社は、申請人が会社の人事異動に際し、故らに事実無根のことを宣伝して従業員の人心を惑乱し、会社の業務運営を妨害するため、右の如き掲示をなしたと主張する。もとより一般的抽象的に立言すればかゝる行為は違法なものといい得るであろうが、具体的には、その目的、行為の態様、行為をなすに至つた経緯その他諸般の事情を考慮し、社会的通念に照らして評価すべきことはいうまでもないところ、右掲示につき事実上、右認定の如く係長間で問題になり、又電労支部から声明文が発せられたことはあるけれども申請人が会社主張の如き意図でなしたとの疏明は何もなく、むしろ前記認定事実に徴すれば、申請人において、従業員の労働条件改善のためなしたと一応推認できるわけであるし、掲示をなすに至つた経緯及びその表現において著しく妥当を欠くわけでもない点を考慮するとき、たとえ、右掲示内容につき、真実に反する点が若干あり、又申請人がその真否につき確認の方法を講じなかつた点があるとしても、それが全く許容できない違法行為であるということはできない。

又会社は右掲示行為は、電産とは指導方針の異る第二組合の電労組合員を対象としてなしたものであるから、違法な組合活動であると主張するが、前記三好、長野、斎藤、津川、名越、青木の各証人の証言及び申請人本人尋問の結果によれば、昭和二八年六、七月ごろから、電産四国地本管下に分裂現象が生じ、同年九月頃第二組合として電労が結成され、その後は右両組合間に於いて、互にその組合員獲得のための闘争が展開されて居り、右掲示行為はかゝる状態のもとになされたことがうかがわれるわけであるから、仮りに申請人が右主張の如く電労組合員を対象として掲示をなしたものとしても、電産愛媛支部の委員長たる申請人としては、その組織を防衛するとともに、積極的に電労組合員に働きかけて電産に復帰するよう努力することは、それが本件掲示の如く社会通念上許容されるような方法による限り、当然許さるべき行為と言わなければならない。

以上の如く右掲示行為はいずれも違法行為ということができないから、会社側の掲示文の撤去及び始末書の提出の要求に対し申請人がそれを拒否したとしても、それは別段とがむべき行為でないことはいうまでもない。

(2)  申請人が会社主張の日時、別紙第一(2)記載の掲示をなしたことは当事者間に争がない。成立に争のない甲第八号証の一乃至三、同第九号証、証人星加卓一、同近藤正敏の証言により成立の認められる乙第一号証、証人長野正孝の証言により成立の認められる甲第一一号証に、同証人ら及び証人河瀬一義、同浮穴三郎の各証言ならびに申請人本人尋問の結果を合せ考えると、電産新居浜分会、同今治分会、同宇和島分会は電産分裂の際会社のとつた措置が組合に対する支配介入であるとして、昭和二八年九月頃、申請人を代表者又は代理人として、愛媛地労委に対して救済の申立をなし(この点は当事者間に争がない。)右事件が進行されていたところ、昭和二九年一月一九日の審問の際、電産側からの証拠資料として会社三島営業所の従業員の期末手当配分表が提出されたので、会社はもともと右配分表の基本となる賃金台帳は、慣行上秘密文書として取扱つていた関係から、同月二十七日松山支店に於ける課、所長会議の際、右三島営業所の所長である星加卓一に対し、調査方を命じたところ、調査の結果、右営業所の給与係で当時電産組合員であつた平野昭慶が、その保管する賃金台帳を電産幹部に見せたと自認したので、始末書(乙第一号証)を提出させたこと、右平野はそれから僅か二、三日位して電産を脱退して電労に加入したこと、そこで右事実を平野から聞いた電産新居浜分会の幹部である長野正孝からその旨の報告を受けた申請人は別紙第一(2)記載の如き掲示をなしたこと、従来から賃金台帳の取扱が比較的杜撰で、手当又は給料支給後は組合幹部の要求があればその直接担当者において見せていた事実があることを夫々一応認めることができ、右認定に反する疏明がない。

右事実から考えて見ると、右平野が会社側の暗黙の圧迫により電産を脱退して電労に加入したものであるか否かは別として、右の如き事情のもとに、右の如き報告を受けた申請人としては、会社が右平野を圧迫して電労に加入させ、もつて、前記救済申立事件についての証拠の減少を図つているものと判断することは無理からぬことと言わねばならず、他に会社主張の如き意図があつたとの疏明がない以上、申請人のなした別紙第一(2)記載の掲示はその措辞若干誇張している点がないでもないが、これを以つて違法な行為であるということはできない。

(3)  証人浮穴三郎、同大谷博信の証言により夫々成立の認められる乙第二号証の一、二及び同証人らの各証言、証人河瀬一義の証言ならびに申請人本人尋問の結果によれば、申請人は前記長野から(2)に於いて認定した内容の報告を受けたので、それを問いただそうとして、昭和二九年三月一日午前一一時三〇分頃会社松山支店の河瀬労務課長のところに至り、再三右事実を問いただしたが、同課長から納得のいくような返事を聞き得なかつたために興奮して同課長と交渉するに必要でないような大声を発し、大要別紙第二(1)のような内容の話を約三〇分にわたりなしたこと、右部屋には労務課の外に経理課、営業課、庶務課が同居しており、当時執務時間中であつたので従業員百名以上が執務していたが、中には執務を中止して申請人の話に耳を傾け、或は立ちあがる者もあつたことが夫々一応認められる。右認定に反する申請人の供述は前顕各証拠ならびに弁論の全趣旨に照らして措信できないし、他に右認定を左右するに足る疏明がない。

右事実から考えて見るに、申請人が前記平野問題について松山支店の労務の直接担当者である右課長に穏やかに交渉することは、右日時、場所であつても許されることは当然であるが、右の如く必要以上の大声を発して執務を妨害したり、何ら具体的事実をあげず、単に会社の労務担当者の手腕、力倆、態度等につき侮辱的な言辞をろうすることは、一種の人身攻撃であつて、勿論組合に許容された言論の枠外のことであり、到底許容されるべき会社の労務政策の批判であるといえない。

(4)  申請人の供述によりその成立の認められる甲第一二号証及び証人長野正孝、同星加卓一、同村上要の各証言に申請人本人の供述を綜合すると、申請人は昭和二九年六月三日頃、三島営業所において同所の電産組合員らと一堂に会して話合つた際、同営業所の女子職員で電産組合員の妻鳥良枝から、同女がその直接の上司である岩本係長に担当業務が突然かわつたことについて苦情を述べたところ、岩本から泣言をいうより少しは男を喜ばせることをした方がいいなとか、男を喜ばす事を知らんのか、その年で知らんこともあるまいなどといわれたので、きわめて不愉快であつた、機会があつたら何とかして欲しいと訴えられたので、申請人は機会があれば会社に申入れると約束したこと、ところが同年六月四日午前一一時ごろ新居浜営業所応接室に、会社労務の最高責任者である鈴木総務部長が数名の社員といるのを目撃したので、室内に入り鈴木部長に対し、「岩本が職制の圧力で妻鳥にいうことを聞けと言つたが不都合である」趣旨のことを述べたこと、ついで翌五日、愛媛地労委の審問廷で昼休の際偶々逢つた右岩本の直接の上司である星加所長に対し、数名の社員が同席している中で右趣旨のことを話したことが一応認められる。右認定に反する証人星加卓一の供述部分は前記証拠に照らして措信できないし他に右事実を左右するに足る疏明がない。

そうだとすると、岩本が妻鳥に対し、妻鳥が申請人に対して述べた趣旨の話をしたか否かは別として、いやしくも数人の同席者がいる中で、しかも本人自らの口からかゝることを聞いたものである以上、通常人であるならそれを信ずるのは当然であり、又仮りに冗談であるとしてもこれを不問に付するわけにいかぬと思うのも無理からぬことであつて、しかも法の上では両性の平等がうたわれているが、現実の職場においては、男子は女子に比較して優位にあることは顕著な事実であるから、特に組合活動にたずさわる者としては、女子職員の労働条件乃至社会的地位の向上を図ることは当然の任務であり、申請人もかゝる企図のもとに会社に申入れようと決意したことは推認するにかたくないところである。そうすると、その表現に若干行き過ぎる点があるとしても妻鳥から聞いた趣旨をまげず、会社の責任者に申入れその善処を要望したと認められる本件にあつては、たとえ数名の社員がその場に同席していたとしても申請人の右行為を問責することは妥当でない。

(5)  前顕乙第二号証の二に、証人大谷博信及び申請人本人の各供述ならびに弁論の全趣旨を合せ考えると、申請人は昭和二九年六月一九日、電産と会社との団体交渉の経過を放送するため、松山支店にマイクの借用方を申入れたところ、電産組合員は少数であることを主な理由として拒否された。申請人は従前もマイクを借用したことがあるし、電労組合もマイク放送している事実があつたので、憤慨して同日午前一一時過ぎ松山支店労務課に赴いたところ課長係長とも不在であつたので、直接労務課員に対し必要以上の大声で、約一〇分にわたり大要別紙第二(3)記載の如き言辞をはいたこと、当時は執務時間中であつて、労務課員の約半数は執務を中止して、申請人の話に耳を傾けていたことを夫々一応認めることができ、右認定に反する申請人の供述部分は措信しないし、他に右認定に反する疏明はない。

右事実から考えるに申請人がマイク使用方を拒否されたので憤慨したことは理解し得ないところでないけれども、だからと言つてたとい短時間にせよ大声をあげて労務課の執務を妨害し、職制である課長、係長不在の際であるのに直接課員にむかつて、公然会社を直接誹謗し、会社幹部の人身攻撃をなすのは許されることでなく、当然職場秩序を乱したものといわなければならない。

(6)  証人斉藤富士一、同徳永要の各証言及び申請人本人尋問の結果によれば、申請人は昭和二八年六、七月ごろの電産分裂の際、徳永新居浜電力事務所長が部下を圧迫して電労への加入方をすすめている旨の噂を耳にしたので、右徳永所長に真意を確めようとしていたが、仲々逢う機会がなかつたところ、偶々同年七月一五日午後六時三〇分頃新居浜駅の待合室入口附近で会社の重松考査役と挨拶をしている同所長を見掛けたこと、申請人としては右の如き事情のもとであつたので焦燥の念にかられ、右所長にむかつて大声で大要別紙第二(4)記載の如き言辞をはいたこと、そのため待合室に居た者達が多数その方を注視し、中には取り囲んだものもいたことを夫々一応認められる。右認定に反する斉藤証人及び申請人本人の供述部分は措信できないし、他に右認定を左右する疏明がない。而して、右の如き場所に於いて、右の如く「政枝変電所」なる言を用いたとすれば対話者が如何なる会社の如何なる立場にある者であるかは、少くともその場に居合わせた一部の者には直接了知されることは看やすいところであるから、たとい前記の噂を事実であると信じていたとしても、申請人の発した音声及び発言内容によつて、社外の者に対し会社内の職制が乱れて居るとの印象を与え、会社の体面信用を汚すとともに、右所長の名誉を傷つけたものといわなければならない。

以上判断したとおり(1)(2)(4)の各行為については若干行き過ぎた点がないわけでないが、夫々その目的、態様、経緯をも一体として観察するときはいずれも就業規則所定の懲戒事由に該当すると断ずることは許されないが、これに反し、その他の会社主張の行為については、それが懲戒解雇事由に該当するか否かは別として、一応(3)(5)の各行為は職場秩序を乱すものとして会社就業規則第八八条第五号、(6)の行為は会社の体面をけがしたとして同条第三号各所定の懲戒事由に該当するものというべきである。

(三)  申請人は、本件解雇は申請人の正当な組合活動を決定的な原因としてなしたものであるから無効であると主張するので、進んでこの点について審按する。

成立に争のない甲第六号証の二及び証人長野正孝、同斉藤富士一、同菅正三郎(第二回)の証言ならびに申請人本人尋問の結果によれば、申請人は電産結成以来引続きその中央、地方本部及び支部分会の幹部として活溌な組合運動を展開し、特に電産四国地本分裂以後は愛媛県支部委員長として少数組合の中心となり、電産の孤壘を守り、その組織防衛のため活躍していたことがうかがわれ、しかも先に認定した如く昭和二八年の電産分裂直後、その分裂に際して会社の執つた措置が組合に対する支配介入であるとなし、電産愛媛県支部管下三分会の代表者又は代理人として愛媛地労委に救済の申立をなし、引続き右申立事件の遂行に当つていたものである。

而して、成立に争のない甲第五、六号証の各一、二及び申請人の供述ならびに弁論の全趣旨を綜合すると、会社は昭和二九年五月八日、申請人が別紙第一記載の文書を掲示したとして懲戒委員会を開催したが、再調査の必要があるとしてそれを閉じ、更に同年一二月九日、右事実に別紙第二(1)乃至(4)記載の事実を附加して再び懲戒委員会を開いたこと、別紙第二記載の事実のうち(1)(2)は右第一回の懲戒委員会開催以前の事実であつてその事実につき、その都度会社から問題にされたとか、始末書の提出を求められたとかのことがないことがうかがわれるし、(3)(4)の事実は第一回懲戒委員会開催後に発生した事実であるうえ、以上の諸事実のうち別紙第一記載の点及び別紙第二記載のうち(2)の点は先に判断した如く懲戒事由に該当するものでないし、又残りの別紙第二の(1)(2)(4)の点については少くもその一々をとらえるときは解雇に値するような重大な事案とはいい難い。更に別紙第一記載の各事実については会社はその掲示後直ちに筆記及び撮影をなしていることは弁論の全趣旨からうかがわれるし、証人大谷博信は申請人が別紙第二記載の(1)(3)の所謂誹謗暴言をなした直後、それを筆記したと供述しているが、その筆記内容は右供述でも明らかな如く、申請人の発言をすべて記載したものでなく、問題となりそうな点だけを筆記したものと認められる。なお本件解雇が昭和二九年一二月一三日になされているが、成立に争のない甲第八号証の一、二乙第五号証に弁論の全趣旨を勘案するに、右時期は前記申立事件が終結に近づいた際であることがうかがわれる。

以上認定した一連の事実を検討吟味すると、会社は従来から申請人につき、特に注目していたが、別紙第一記載の事実につき第一回懲戒委員会を開催して、審議したところ、右事実のみでの懲戒解雇には自信を持ち得なかつたため、その処分を一応保留し、その後は一そう申請人の身辺動向に注意して調査したところ、別紙第二記載の事実を収集し得たものというべく、そこに申請人の行為のうち懲戒事由に該当しそうな事実はそれが過去のものでありまた将来のものであるかを問わず細大もらさず探知するという、多分に積極的計画的な企図が看取せられ、且それと申請人の従来及び現になしていた組合活動及び本件の解雇時期を勘考するならば、会社が本件解雇において申請人の懲戒事由に該当する行為につき、その責任を追及する意思がなかつたとは言えないけれども、その決定的な理由は申請人の正当な組合活動にあつたものと断ぜざるを得ない。而して会社主張の如く、たとえ申請人が本件解雇後も引続き前記愛媛地労委に対する申立事件の審問に出頭して居り、又右申立がその後棄却されたとしても、それが右判断をなす妨げとなるものでないことはいうまでもない、そうだとすると、会社のなした本件懲戒解雇はその余の争点につき、判断するまでもなく無効なものといわなければならない。

(四)  そこで更に進んで、申請人に対する仮処分の必要性について判断する。申請人が本件解雇後も、依然として電産組合員としての資格を有し、且電産から給与相当額を支給されていることは自ら認めているところである。しかしながら、本件解雇が無効であるに拘らず、解雇されたものとして取扱われることは、たとえ、右の如き事情があるとしても、今日の如く、就職困難な社会事情のもとにあつては、その生活関係を著しく不安定ならしめ、更にこのため十分な組合活動をなし得ないことは看やすいところであるから、先に認定した如く脱退者が続出し、少数組合となつた電産愛媛県支部としては、更にこれがため弱体化しひいて申請人として回復することができない損害を蒙ることは推認するにかたくない。尚申請人の現に居住しているのは会社の社宅であることは、会社の明かに争わないところであり、成立に争のない甲第四号証及び申請人本人の供述によれば、社宅は会社の規程により退職の日から原則として三〇日以内に返還しなければならないことになつているが申請人は他に住宅を有していないことがうかがわれるし、又健康保険法の適用から除外されていることは証人菅正三郎(第一回)の証言から一応認められるところであつて、そのため申請人及びその家族の疾病等の際は保険給付を受けられなくなることはいうまでもない。ところで民事訴訟法第七六〇条にいわゆる損害とは現に蒙つている損害ばかりでなく、近い将来において、当然蒙ると予想されるものも包含されると解すべきであるから、たとえ、現に申請人が社宅に居住し、又申請人及び家族に疾病その他の事故が生じていないとしても、社宅の返還及び、疾病その他の事故が将来当然予想されるものである以上、その点からも財産上著しい損害があるものというべきである。

よつて申請人の本件仮処分申請は理由あるものと認め、申請費用の負担につき、民事訴訟法第八九条、第九五条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 横江文幹 秋山正雄 小谷欣一)

(別紙)

第一、掲示事項に関するもの

(1) 昭和二十九年三月三日附掲示文

今こそ不明朗なる空気を一掃すべき秋である。

一、来る定期異動を前にして従来と変らぬ運動が行われている。即ち好きな者同意の集り異動を画策している。

二、その一例として、一、二の課長を中心として之等につながる係長グループの会合が行われている。

三、そのために職場は今各所とも空気が実にモヤモヤしている。一課長の言に依ると俺は児分を数十人持つている。俺の一挙一言でどの様にでもなるのだとあらゆる会合に発言しているのが職場の不明朗さを証明している。

四、同志渡部友春君が退職した彼の精神を生かしてやることこそ良き餞別である。

五、事態は正に他人事にあらず、自らの身上に来ている事を認識し今回の異動に対して関心を持つて会社の行動を監視すべきである。

三月三日 電産支部

(2) 昭和二十九年三月一日附掲示文三月二日掲示

会社は不当労働行為をもみ消さんとあらゆる圧力をかけている。

一、去る二十八年十二月十九日愛媛地労委に於ての第五回の審問の際に期末手当支給の際の差別待遇についての配分率の表を提出したが、此の資料を電産組合に提出した事を理由に平野昭慶君の首が保証出来ないと言葉を含ませて第二組合加入を進めた。

二、鈴木総務部長の命だと三島営業所長及係長をして圧力をかけたのであるがその資料の作成は平野君ではないのである。

三、不当労働行為が大詰に来るにつれて会社はその証拠を消さんと大童である。

四、(省略)

五、(省略)

三月一日 電産支部

(3) 昭和二十九年三月十七日掲示文

定期異動発表近し

一、愈々定期異動の発表もすでに内示の状態にあると思ひます。もおすでに存じている事と思ひます。

二、今年の定期異動は主として一般社員六〇〇名乃至一、〇〇〇名を予定しています。交渉の席で会社は職場の明朗化を計りたいと言つて居ります。

三、従つて異動の結果は明朗となると思いますが、果して其の様に事は進んでいるか、仲々?であります。

四、明朗な職場は日々の業務が面白く働ける職場であり、好きな同志の集会場でない事であり、適正配置に依る能率ある職場と我々は考えているので皆様も折角に此の機会を十分に監視し、其の結果を見る日も近い事であること期待して見ませう。

笑つて行ける異動である事を。

三月十七日 電産支部

第二、誹謗暴言に関するもの

(1) 昭和二十九年三月一日

三月一日午前十一時三十分頃、橘は松山支店河瀬労務課長のところに来て、労務課全員に聞える程の音声で大要次のようなことを言つた。

・河瀬課長は鈴木の一の子分だ。

・お前は無能な大根役者だからすぐ足を出す。何をやつているか全部知つている。

・星加所長程不公平な男はいない。大体会社の側の言う不平とは不公平である事が即ち公平と言うことである。

・山口次長がゴネてはいまわつている夢をみたが、その後間もなく山口が倒れた。

悪いことをしているとテキメンに現れてくる。神罰覿面とはこのことだ。

(2) 昭和二十九年六月四日及同年同月五日

・六月四日午前十一頃、新居浜営業所応接室において橘は鈴木部長に話しておかねばならんと前置して数名いる中で次の様に言つた。

岩本四郎(三島営業所営業係長)が職制の圧力で妻鳥にいうことをきけと言つたが不都合だ。

・六月五日愛媛地労委事務局で不当労働行為の審問があつた。その昼食休中に星加卓一(三島営業所長)に次の様に言つた。当時同席者は数人あつた。

岩本四郎が妻鳥良枝(三島営業所営業係員)を強姦した。(星加は何を馬鹿なことを言うかと一笑に附した。)

(3) 昭和二十九年六月十九日

六月十九日午前十一時過ぎ、総山支店労務課において橘は労務係員全員に聞える程度の音声で五―六分間大要次のように喋つた。(当時労務課長、労務係長は在席していなかつた。)

・高知の戒田課長も、松山の労務課長も鈴木につながる人事で腕の出来る人でない。

・会社は懲戒委員会で一本とり損つた。私はいつ会社をやめても食えるのだからいつでも首にしてみよと言つてやつたら、会社はあの件は、保留中だと言つた。

・掲示を写真に撮つてみても、筆写していても、例えそれが事実でなかつたとしても法規にはふれない。

だから課長は田舍役者だ。

・山口次長と東京で一緒に飮んだとき、醉つぱらつて自動車に鞄を忘れた。次長は恥だから黙つていてくれと言つたが最後の審問のときは言つてやる。

・鈴木部長は以前竜田旅館に妾をおいていた。

(最後に電労でも同志だからよろしく頼むといつて退場した。)

(4) 昭和二十八年七月十五日

七月十五日午後六時二十五分頃、新居浜駅待合室入口近くで橘は、重松考査役に挨拶中の徳永新居浜電力事務所長に対し挨拶も交さず、待合室の大部の人が注視し、一部の者は取巻いて聞いた程の大声で凡そ次のようにどなつた。

・お前は政技変電所の石川を呼んで圧力をかけたろう。ちやんと判つている。余計なことをしているとためにならない。

・組合のことは我々専門家に委しておけばよい。我々がうまくやる。

(徳永所長は場所柄と、橘のひととなりから相手になつても解してくれる人でないと思いそのまま乗車口を出た。)

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